暦のあれこれ

普段目にするけどイマイチよく解らない「暦(こよみ)」について、身近な例を元に分かりやすく紹介します。

 前回記しました讖緯説では、辛酉の年には社会的事件が起こり易いとされていますが、特に六十年毎に来る辛酉の年の二十一回目、年数で言うと一二六〇年を単位として、歴史的な大事件、大革命が起きるとされています。

 聖徳太子はこの説に基づき斑鳩に宮殿を建てた六〇一年から一二六〇年さかのぼった紀元前六六〇年を、初代天皇である神武天皇の即位の年としたのでした。

 時は経ち明治六年

 暦では十干、十二支により吉凶の判断をする事がよく行なわれてきました。その吉凶判断の中に「讖緯説(しんいせつ)」というものがあります。

 讖緯説とは、古代中国の陰陽五行に基づいた、天変地異や吉凶を判断する一種の予言説です。それによれば十干十二支の組み合わせの中で、辛酉(かのととり)は大事件や革命が起こる年とされています。五行では辛は金属、酉も金属となり、武器と武器の衝突を連想

 十干と十二支の六十個の組み合わせの中で、よく耳にする組み合わせは、丙午(ひのえうま)ではないでしょうか。

 江戸時代、丙午年生まれの女性は「男を食いつぶす」等といった物騒な噂がとびかいました。

 これは、五行で丙は火、午も火となっているので、この年生まれは火の勢いが強く、気性が激しいとされたそうですが、本来は情熱的とした方がよいでしょうし、女性に限った事でもありません。

 十二支にも木火土金水の五行が配当されています。亥子が水、寅卯が木、巳午が火、申酉が金、丑辰未戌が土です。

 以前記した十干と十二支を一つずつ当てはめたものが、その年の干支といわれるものです。今年で言うと丙申(ひのえさる)。十干が丙で十二支が申の組み合わせです。

 十干が十個、十二支が十二個。それぞれ順に割り振ると六十個の組み合わせが生まれます。これを六十干支(かんし)と

 暦に関することで私達に一番馴染み深いのが十二支ではないでしょうか。現在でも「私は申年なので今年は年男です」という話はよく聞きます。

 十二支も五行説に基づくものですが、元々は一月から十二月を意味する古代中国の文字を音読みしたものが起源とされ、その意味は樹木が種から成長して実を結ぶという、植物の生長過程を一年間で表したものだったといいます。

 やがて十二支は