戦国時代の軍師は作戦や外交を手がけたわけですが、それとは別に暦を元に合戦に必要な日時、方位の吉凶を占う役割もありました。そんな吉凶を占える軍師を別名軍配者と呼んでいたようです。

 そんな軍配者は暦を元に合戦の吉日、凶日を選び方角も細かく選定していたのですが現実的な戦国大名等はそれに従わない者も多くいました。

 有名なところでは中国地方の大名の毛利元就がいます。

 弘冶元年(一五五五)の厳島の戦いでは、陶晴賢の軍勢二万を暦を逆手に取り不意打ちで打ち破っています。

 陶軍は軍師に従い、凶日の戦いを避けましたが、毛利軍は相手の動かない凶日にあえて出陣して勝利しています。暦に縛られる者と縛られない者。戦国時代はそんな時代の転換期だったのでしょうか。