明治の旧暦から新暦への改暦は明治五年十一月九日の告知から十二月三日の実施までわずか二十三日しかないという、かなり急な出来事でした。

 しかし、この性急な改暦には理由がありました。

 その理由とは財政上の問題でした。時の新政府は、発足したばかりで国庫にはまったく余裕がなかったのです。

 そんな時、明治六年は旧暦では閏月がある年でした。このままでは公務員の月給を十三回払わねばなりません。今改暦すれば、一か月分の経費は掛からず、その上十二月も三日に改暦すれば十二月の月給も払わなくてもよくなる。合わせて二か月分の出費が節約出来るという訳です。

 現代では考えられない事ですが、新政府にとって二か月分の余分な出費はそれほど緊急な問題だったのです。