青い空に浮かぶ真っ白の入道雲。うっとうしい梅雨空が続くと、晴れ渡った夏が待ち遠しくなります。

 ところが今年の梅雨は能勢地方ではまとまった雨が意外に降りません。そのため我が家ではちょっとした騒動が持ち上がりました。

 事の起こりはモリアオガエルです。梅雨になると毎年、ソフトボール大の卵が池の上にかかった木の枝に産み付けられます。やがて雨の雫とともに、卵からかえったモリアオガエルのオタマジャクシが池の水面に落ちていきます。ところが今年は、裏庭の池は干上がってしまい、生まれたばかりのオタマジャクシが干物になりそうな状態でした。このままでは可愛そうだ、ホースで水を入れてやろうという意見が出ました。

 しかしこれは人工の水たまりだ、私たちは自然の成り行きを見守るべきだという意見も出ました。かくして家中で論議が起こり結構もめました。生まれたばかりのオタマジャクシが可愛そうではないか。いやこしらえた水たまりは雨の降らない今、他の動物にとっても住みやすい、オタマジャクシの敵もたくさん集まってくるから、結局は食べられてしまうだろう等々。決着がつかないまま日が過ぎていきました。気心知れた家族でもこの状態。ものの見方というのは、人によって全く違うものだということがよく分かりました。お互い自分が正しいと思い込んでいるのですから、中々譲ろうとはしないのです。

 幸い雨が降り、オタマジャクシは無事水中に生まれていきました。でも下で待っているイモリに食べられたのもいますし、運悪く水のないところに飛ばされたのもいて、現在は数えることができるぐらいに減ってしまいました。自然は想像以上に厳しいものでした。

 「生命と申す物は一切の財(たから)の中に第一の財なり」とは日蓮大聖人のお言葉です。オタマジャクシの生命が大事だと思うから出てきた議論です。生命の尊さを、私たちはもっともっと真剣に考えなくてはならないのだと思います。