「人間として一番尊いものは徳である。だから、徳を高めなくてはいかん。技術は教えることができるし、習うこともできる。けれども、徳は教えることも習うこともできない。自分で悟るしかない。」松下幸之助氏の有名な言葉である。

 古来、中国では理想的な統治、後代の模範とされたのが、唐の二代太宗(李世民)が治めた貞観時代である。その太宗が亡くなって五十年後、唐の呉兢(六七〇~七四九)が政治理想を主旨とした論義を十巻四〇篇(二八七章)にまとめ、『貞観政要』を記した。

 唐中期以後、歴代の皇帝や政治家の必読書とされ、日本には八〇〇年頃、遣唐使により伝えられたと考えられる。その後、天皇や公家、武家にも読まれ、北条政子がこれを和訳させ愛読し、徳川家康が印刷出版させたといわれている。

 ところで、日蓮大聖人は『貞観政要』について「太宗文武皇帝の治政の功績は多大で、このような威徳はいまだかつてない。唐の堯帝、虞の舜帝、夏の禹王、殷の湯王(中略)などの、著名な仁徳の諸帝王といえども皆とてもおよばない」(『大田殿許御書』)と称讃されている。なお大聖人は『貞観政要』を五二紙にわたり書写されており、これを見てもいかに大切にされていたかが推測できる。

 この『貞観政要』には、「故に知る、人の身を立つる、貴ぶ所の者は、惟だ徳行にあり。何ぞ必ずしも栄貴を論ずるを要せん」とあり、富貴など問題でなく、大切なのは徳行であり「品性」だと断じ、さらにまた自戒として「鏡があれば衣冠を正す。歴史を鏡とすれば世の興亡衰退を知り自らを正す。人を鏡とすれば善悪当否を知る。この三鏡で常に自らの過ちを正す」ことが肝要であると説く。

 つまり三鏡の自戒を実践することが徳行であり、ここから大聖人は法華経こそが明鏡であると悟られ、法華経を実践することで徳行を得られると確信された。「徳は教えることも習うこともできない」自分を律してこそ徳が具わるのだと。