真如寺では六月に皆様の写経を納経塚に納める納経会を行っております。

 写経は古来より仏道修行の中でも殊に重んじられています。お釈迦様の在世、お説法を文字に表すことは控えられました。ご入滅後お弟子方は教えの曲解と散逸を避ける為に経典の編纂を始めたのです。しかし、当時は印刷技術が発達していなかったので書写が重視されました。さらにそれは技術的な事柄に留まるものではなく、書写自体がお釈迦様の御心を受け取る為の修行だったのです。殊に法華経は書写を重要な修行徳目に挙げています。「一仏一字」との如く一人の仏様のお姿の中に一文字が書かれた写経も多く遺されています。経文は単なる文字ではなく仏様ご自身という教えの表れでしょう。

 日蓮大聖人も写経の功徳についてこんな物語を述べておられます。 

 昔の中国のお話です。オリョウという当代随一の書家がおりました。彼は中国古来の道教を信じており、後から伝わった仏教を否定していました。生涯、仏教経典は一字たりとも書かなかったのです。そして臨終の折、息子イリョウに「経典を書写してはならぬ。殊に一番広く読まれている法華経は決して書いてはならぬ」と遺言をしました。ところが仏教に深く帰依していた皇帝がイリョウに法華経の書写を命じたのです。父の遺言を守って拒み続けましたが勅命には従わざるを得ず、遂に法華経八巻の題名のみを書きました。彼は遺言に背いたことを深く悔いました。その夜、父の夢を見ました。夢に出てきた父は自らの遺言が逆に罪となり、地獄に堕ちていたのです。しかし、息子の写経の文字が天から次々と降って来て釈迦仏の姿に変わって私を救ってくれたというのです。この話を聞いた皇帝は大いに喜び、その後一層法華経の写経を奨励したということです。

 大聖人は写経は懺悔滅罪と祖先孝養の修行と説かれています。日々のお経読誦に加え写経にも取り組んではいかがでしょうか。