山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 地域活性化という言葉が流行っている。誰が言ったのか、地方を変えられるのは、「若者、よそ者、馬鹿者」なのだという。どんな素晴らしい場所も慣れると、良さが分からなくなるし、仮に気づいても何かを変える大変さを考えると躊躇してしまうのだろう。

 日蓮聖人は素直な心で法華経の良さに気づき、変える苦労も承知の上でなお、その素晴らしさを皆に伝えずにはおれず、そのため様々な法難に遭われた。

 古民家などに詳しい建築士から聞いた話。当山開基である能勢氏の拠点、地黄城周辺の武家屋敷群は現存している集落としては大阪府下で最大の可能性があるそうだ。何気なく過ごしている唯の田舎町だが、見る人が見れば実は宝の山でくらしていたのだ。

 お釈迦様の説く霊山浄土もこれに近い。自分たちは地獄にいると思えばそこは地獄となるが、永遠の仏がおわす貴重な世界であると気付いたら、それは霊山浄

 今年は暖かい日が多いからか、当山でも例年に比べて早くから梅が咲いていた。その一方、とんでもない寒波が突然来たりと、ただ寒いだけの年よりきつく感じたように思う。

 気温もさりながら、三月は年度の終わりでもあり、来月から新生活を送るかたも多いのでは。様々な事につけ急激な変化はしんどいものだ。

 しかしお釈迦様は世は「諸行無常」だとおっしゃっている。変わることを

 二月と言えばバレンタインデー。元々のいわれは分かりませんが今となってはチョコレートを介した恋人の日といえましょうか。

 加えて近年は友チョコや自分へのご褒美チョコなども浸透してきて、とにかくチョコレートを買う日になってきているような。

 ひるがえって節分も最近は恵方巻きの宣伝ばかりで、未来の節分は巻き寿司の日になっていないか心配です。

 節分は新しい季

 お正月といえば門松を飾り、鏡餅をお供えしおせち料理を頂く。さて、これは何のためにやっているのか。

 ご存じの方も多いと思うが、これらは全て歳神様を家にお迎えしお祀りするための儀式だ。しかし、元来の意味が忘れ去られ、一体何のためにやっているのか分からない習慣も多くなってきているのでは。

 日本には素晴らしい様々なしきたりがあるが全てを行うのは難しい。それならば、まずはその