山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 お正月といえば門松を飾り、鏡餅をお供えしおせち料理を頂く。さて、これは何のためにやっているのか。

 ご存じの方も多いと思うが、これらは全て歳神様を家にお迎えしお祀りするための儀式だ。しかし、元来の意味が忘れ去られ、一体何のためにやっているのか分からない習慣も多くなってきているのでは。

 日本には素晴らしい様々なしきたりがあるが全てを行うのは難しい。それならば、まずはその

 先月まで能勢電鉄沿線でひらかれていた芸術祭のなかで、みんなの願い事を書いた連凧をみんなで空へ飛ばすというワークショップを行っていた。

 一見バラバラなみんなの願いは一本の糸で繋がっており、それを全員の手で天に届くように空高く飛ばすというのは、なんだか仏教の祈りと似ている気がした。

 凧は一本の糸だけが頼りだが、私たちの祈りにとっての糸は、法華経でありお題目

 坂本龍馬は、実は仏教思想によって「日本を洗濯」しようとしていたらしい。先日テレビでそんな番組をやっていた。

 確かに、仏教や妙見さんの熱心な信者である勝海舟の愛弟子の龍馬が仏教に深く帰依していたとしても不思議ではない。

 龍馬は仏教の平等の精神を特に重視していたようだが、その仏教の中で、誰もが例外なく平等に成仏できると説かれているのが「法華経」だ。

 

 晴れた日に太陽の光をいっぱい受けた洗濯物は気持ちいい。私たちにとっては外で洗濯物を干すのが当たり前だが、そうではない国もあるらしい。例えばアメリカでは乾燥機を使うのが一般的で、外に干していると乾燥機を買うお金がないと思われるそうだ。

 身近な習慣一つでも場所が違えば考え方も異なる。世の中のスピードが早くなり、ともすれば短絡的に相手を判断してしまうことも多いが、話し合う心の余

 久々にお気に入りの靴を履き、さっそうと街に出掛けたときのこと。電車から降り歩き出すと、突然靴の裏がボロボロと崩れ始め、あっという間に見るも無惨な姿になった。しかたないのでワゴンセールのつっかけを買ってとぼとぼと帰路についた。

 聞くと靴は頻繁に履いていないと痛みが早いとのこと。何とも悲しい気持ちになった。

 大事な物だからといってケースのまま飾るのではなく