山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

東日本大震災の津波の被害は想定外の規模であったため、多くの犠牲者を出したが、岩手県釜石市の小中学生はほぼ全員が津波の被害を逃れたという。

釜石市を含め、この辺りは過去に大規模な津波の被害を受けた為避難訓練は日頃から行われていた。中でも釜石市では通常の授業にも津波を絡めるなど、日常的に津波を意識していた為、想定外の津波でも臨機応変に対応できたのだという。

結局、些細な日常

岩手県は今回の被災地の一つであるが、同県は詩人宮沢賢治の出身地としても有名だ。

賢治は童話作家というだけでなく法華経の信者としても知られており「世界がぜんたいに幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という言葉を残している。

日蓮上人も同様の事を述べられており、私たちが本当の幸せを見つけるには、自分の幸せだけを追求するのではなく他のためにも何かすることが大切だ。

最近、都会を中心に近所の人と車を共同で使ったり、他人同士で同じ家に住んだりする人が少しずつ増えてきているそうだ。

不景気の影響もあり効率性を追い求めた一つの結果かもしれないが、車にしても家にしても、共同で使おうとするとお互いの信頼関係がないとできない。無縁社会の象徴のような都会での新しい動きは大変興味深い。

仏教は縁をとても大切にする教えだ。ともすれば人間関係が希薄になりがちな現代社

節分になると全国各地で「福はーうち、鬼はーそと」と威勢のいい掛け声と共に豆をまく光景が見られる。

正式には節分追儺式といい日本では平安時代から行われている。昔は立春が正月だった為新年を迎えるに当たり、宮中の邪気を追い払ったのが始まりだ。

当時は豆がメインではなく桃の木などで鬼を追い出したようだが、豆は魔滅に通じることから次第に豆をまくのが中心となり定着していった。

当山

一歳になる次女がお姉ちゃんの人形を欲しがってきかない。お姉ちゃんも譲れない。二個買えば済む話かもしれないが、万事がこの調子ではきりがない。

これが動物なら欲しいものを奪い合って争いがおこるし、分別のある人間であっても換えのきかない貴重な資源などはいつも争いの元になる。

だが、そこで戦うだけでは動物と同じ。皆が幸せになるにはどうすればいいか、考えたり相談できるのが人類の叡