山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 遅い桜が散っていよいよ新緑の季節です。こんな季節は登山に行きたくなります。

 登山の時は飴がいいといいます。飴をなめると喉の渇きもおさまり体の疲れもとれるため、また登り続けることが出来るからです。

 ところが先日、飴をなめてもあまり体の疲れがとれない事がありました。包み紙をよく見てみると、なんとカロリーオフの飴。見た目は似ていても中身が違ったのでした。

 同様にお題目

 能勢の地にも、春の足音が聞こえつつある今日この頃です。

 三寒四温などと言いますが、先日温かくなったと思いストーブを片付けたら、次の日の気温はマイナス三度で慌ててまた出してきたりと、先の読めない毎日が続きます。でも必ず春はやってきます。

 同じように先が見えないのが人の世です。

 日蓮聖人は「冬が必ず春となるように、法華経を信じる人は必ず成仏する」と説かれています。…

 暑さ寒さも彼岸までと申します。今月21日は春分の日=彼岸の中日です。彼岸とは、向こう岸つまり凡夫の住むこちら側に対して仏の住む悟りの世界を表す仏教用語です。

 雪が解けて寒い冬から春になる時期、希望の世界への旅立ちの季節とも言えます。日蓮聖人は「法華経の行者の祈りの叶わぬことはない。いわば冬が必ず春となるように、当然のことである」と示されています。

 先行きの見えない

 今月十日は日蓮宗大荒行堂の成満出行会があります。
 昨秋十一月一日から寒壱百日間の修行は、想像を絶する厳しいもので、時には音を上げたくなることもあります。

 寒中の荒行は、宗祖の孫弟子日像上人が宗祖の跡を偲び、自身の布教の志念力を確かめ、仏祖のご守護を戴くために、毎夜極寒の海中に身を沈めて自我偈百巻読誦したという故事を嚆矢とします。

 11日は成人の日。成人式を迎える人にとっては、特別な思いがあることでしょう。

 二十年間をふり返り、楽しいことばかりではなかった。
きっと困難な出来事もあったことでしょう。
それを乗り越えて今があるのです。誇りとし、大いに自分を誉めて下さい。

 でも、人は独りで生きていくことはできません。