この三車火宅の喩は舎利弗に請われてお釈迦様がお説きになった喩え話です。資産家はお釈迦様、火事になった邸宅は欲が渦巻く現実世界、遊びに夢中になっている子供たちは我々凡夫、三つの玩具の車は羊と鹿が自己の覚りのみを求める小乗の教え、牛が菩薩の在り方を求める大乗の教え、本物の牛の車が法華経のことを示しています。

 この話を現代的に読み解けば、玩具の車は若者が好みそうなオートバイでしょう。無論これは単車で、目的地へ辿り着けるのは自分だけです。しかし、自分だけ成仏という目的地へ辿り着けばいいという利己主義で私達を満足させることは、お釈迦様の本意ではありません。だからこそ、大勢の人が乗れて目的地に達することができる大型バス、法華経を与えたのです。