山のたより

紙と硯

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

日本人が大好きな苺の旬っていつだろう?年中苺が出ているので分からなくなるが苺の旬は春だ。

とはいえ、栽培技術の向上でいつでも作れるようになったし、海外からの輸入もある。

結果、日本では多くの需要と努力のおかげで多少価格の

上下はあるが年中「旬」の美味しい苺が食べられる。

仏教も、昔は一部の上流階級しかふれることはできなかったが、今では皆の願い

秋に葉を落として、枯れ果てたかに見える木々がまた新緑に彩られる。死の世界からの復活を思わせる。日蓮宗大荒行堂成満出行の行僧もそんな復活を思わせる。ただ行僧の成満は単なる復活ではない。

日蓮聖人は「妙とは蘇生の義なり」と説示されるが単なる復活とは意味合いが違う。冬が春となるように単に暖かくなったというのではない。

 

前の年とは違う新た

日蓮宗大荒行。その修行僧が身に着けるのは麻の袈裟衣だ。

実はこの姿は私たち出家僧の死に装束である。私たちが臨終を迎え棺の中に入る時は、この姿になるのである。修行僧のこの装束には二つの意味がある。

一は、すでに仏の弟子として出家した時点で身命を仏に委ねたという、その原点を忘れずに修行するという心を示すため。

二は、たとえ力及ばず修行中端に倒れても、最後まで志を貫くと

昨年十一月一日より開設された寒壱百日の大荒行堂も、折り返し地点を越えた。百日というと長いと感じるか短いと思うか。四度目の修行中の副住職はどう感じていることか。

百日間といっても、一日一日、一瞬一瞬の積み重ねである。今という時間は再び戻ってくることはない。たとえば同じ日の出でも、「初日の出」となると特別感がある。しかし二日目の日の出もまたその日限りのものだ。

一年を通

先月号のこの欄に掲載されたとおり、副住職は十一月一日より千葉中山の大本山法華経寺二界説されている日蓮宗加行所で、壱百日間の修行中である。

四度目の修行の眼目は「水神相承」と呼ばれる相伝を伝授されることにある。

万物を組成するとされる五行=木火土金水=の一つである水は、中でも最も重要な要素で、これを司るのが水神様だ。生物の根源であり、自然界の循環を司るのが水神様。